来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

各話感想

第219話 直談判【感想】

シャドーハウスを読み始めてからというもの、毎回最新話が更新されるたびに感情を揺すぶらせながら読み耽っていますが、200話を超えてくるとエピソードごとの印象の違いも当然出てきます。

個人的な評価になりますが、序盤で言えば第7話と第11話は特に印象に残っているエピソードです。

第7話はミアが初めて登場した回です。第6話まで登場人物はケイトとエミリコのみでしたが、ミアが姿を見せたことで、部屋の外にも他者が存在しているということがはっきりと認識できました。

第11話はサラが初めて登場した回です。意図せぬ事故によって部屋の外に出てしまったケイトとエミリコは、偶然出会ったサラから「シャドー」「顔」についての情報を得ます。

読者にとってみても、第10話まで描写されてきた「顔」「生き人形」とは一体何なのかという謎について、断片的ながらも開示されたエピソードでした。


以上に挙げた二つのエピソードは、いずれもシャドーハウスという物語において、作中の世界が一気に広がったエピソードといえましょう。

第6話までのケイトとエミリコの二人だけの物語が、第7話でミアが登場したことで様々なキャラクターが描かれるようになり、第11話でサラからシャドーハウスのルールについて発言があったことで、ケイトの部屋だけではなく、館全体の描写が次々と描かれるようになったからです。

そうしたターニングポイントとなるエピソードだったからこそ、第7話と第11話は印象深かったのではないかなと、己の中で分析しています。


さて、そうすると「作中の世界が一気に広まった」という点において、他にも印象的なエピソードは幾つかあります。そして、それらの中で一つ挙げるとするならば、第28話「視線」を個人的に推したいと思います。

第28話については詳細を書くとネタバレになりますが、簡潔に説明すると、

「お披露目」の最中に檻に閉じ込められたケイトが、まるで見世物のようだと指摘したジョンの発言をきっかけに、「お披露目」という名の儀式なのだから誰かに見られていると勘付いた。

ケイトの勘は当たっており、エドワードが企画した「お披露目」は正体不明の5名の人物たちによって注視されており、文字通りこの儀式は「お披露目」であった。

という回です。

今でも覚えているのですが、私はこのエピソードを読んだ時「やっぱり『お披露目』は『お披露目だった』!」「このいかにも偉そうな面々は何!?」と驚いていました。

何と言っても当時は、ケイトを含めた新人たち5対と、“特別な生き人形”エドワードくらいしかキャラクターが描かれていませんでしたからね。それ以外に名前が明かされていたのはサラとミア、ローズマリーとバービーくらいでした。そんな中で、これまでとは明らかに年齢層が異なる人物たちが現れたのですから衝撃を受けないはずがありません。

あの正体不明の5名は、偉大なるおじい様を除いて「重鎮」と呼ばれる階級だと後に明かされました。第28話もまた、情報が断片的ながらも明かされることで世界観が広がったエピソードといえましょう。その後も、「重鎮」について少しづつ描かれることで、その役回りや人物像、個性が徐々に明かされていきました。


そして今回、とある「重鎮」の存在がクローズアップされることとなります。

その名はジョゼフ。

これまでシルエットに隠されてきた重要人物の素顔が遂に語られました。続きを読む

第218話 定期報告会【感想】

記念すべき単行本第20巻の発売日が決まりましたね。

集英社のHPによると7月17日だそうです。
(→シャドーハウス 20)


おおっ!? これは語呂合わせすると「ないない」ですね!

今更説明するまでもない、アニメシャドーハウス1期のエンディングテーマです。

これまで七月に発売された単行本は14巻のみでしたが、この時は7月19日でした。よって発売日が「7月17日」になったのは初めてとなります。

節目となる第20巻の発売日が、アニメを連想させる日だとは何たる偶然でしょうか。表紙のデザインはまだ発表されておりませんが、きっと記念巻に相応しいデザインとなるのは間違いありません。

果たしてどんなキャラクターがどんな構図で我々を出迎えるのか、二か月後が楽しみです。


ところでアニメといえば、今から4年前は放映真っ最中でしたね。余談ですがソウマトウ先生の過去作「黒」も10周年を迎えていました。(今年の5月24日で14周年)

お披露目でエミリコ達が躍動してた頃です。漫画と同じく、アニメでも「お披露目編」は大好評でした。

主人公をはじめとする同期5対が試行錯誤しながらゴールを目指す、という分かりやすいストーリーは、今もなお漫画の読者を、アニメの視聴者を惹きつけてやみません。


しかしながら、アニメ1期では放映が進むにつれて、漫画とは違うストーリーを辿りました。

アニメを見ていない方にはネタバレになりますが、第12話からアニメ独自の物語が始まったのです。


アニメ放映当時は漫画だと第100話前後でした。

アニメ化が発表されたのは第80話の時でしたから、アニメ製作段階だと90話くらいまでしか公開されていなかったと思います。恐らく、1クールアニメとしてのまとまりを保つためストーリーが改変されたのでしょう。漫画では見られなかったシーンが見られて、新鮮で楽しかったのが思い出されます。


ただ、アニメは原作者たるソウマトウ先生が監修しています。となればアニメオリジナルストーリーの中にだって、漫画との繋がりを見出すことだってできるのではないかと私は考えていました。

長らく本ブログをご覧の方はお気付きかと思いますが、これまで本編の感想記事の中でアニメ1期の終盤に言及したことが何度かあります。アニメと漫画は別物だというのに、我ながら苦笑するばかりです。


ところが、200話を超えて遂に、あのストーリーを想起させざるを得ない出来事が発生しました。

“こどもたちの棟の管理者”に対峙する“星つき”

“大人”と“こども”の力関係が歴然と存在するシャドーハウスにおいて、ケイトがとった策は、強力な後ろ盾の介入でした。

(アニメや過去回のネタバレ含みますのでご注意下さい)

続きを読む

第217話 かたき討ち【感想】

最も有名な「かたき討ち」といえば、やはり忠臣蔵でしょう。

江戸時代中期、戦国時代の記憶が薄れつつある元禄期に発生した「赤穂事件」

主君の無念を晴らすべく吉良上野介を討ち取った赤穂藩士・四十七士たちの行動は、太平の世に慣れた民衆に大きな衝撃を与え、ここに武士道ありと日本中から称賛されました。

この事件を基に作られたのが「忠臣蔵」です。

実際には、史実と比べてドラマや映画はかなり脚色されていますが、それさえも些事と言わんばかりに忠臣蔵は大人気です。

300年以上も語り継がれる我が国の冬の風物詩。今風に言えば「キラーコンテンツ」とでもいえましょうか。江戸の街を騒然とさせた復讐譚は、現代でも人々の心を捉えて離しません。


ということで、四十七士が眠る泉岳寺に行って参りました!

泉岳寺大石内蔵助

元々は赤穂藩主・浅野家の菩提寺だった泉岳寺ですが、今では赤穂藩士・四十七士ゆかりの寺として知られています。私が訪ねた時も、昼休憩を兼ねたサラリーマンやOLに混じり、外国人観光客の姿が多く見受けられました。


なお、四十七士のお墓があるのは泉岳寺ですが、大石内蔵助らが切腹した旧細川邸は北側に200mほど離れた位置にあります。

現在では高級住宅地として佇む白銀高輪。

こじんまりとした森が、当時の面影を残しています。
旧細川邸のシイ
写真の巨樹は樹齢400年以上と伝えられる旧細川邸のスダジイです。

十年ぶりに再会しましたが、当時よりも樹勢が良好でホッとしました。これからも300年前の惨劇の生き証人として命を繋いでくれればと思っています。


ところで、「かたき討ち」という言葉はよく知られていますが、実を言いますとこの「かたき」を何を指すのかについて定義ははっきりしていません。

厳密な定義としては、「かたき討ち」とは親や目上の親族を失った子が復讐のために実行することなのですが、すると親族ではない藩主の仇を討った赤穂藩士は、「義士」ではなくただの狼藉者となってしまうのです。

この件は幕末になっても結論は出ず、今でも様々な説や見解が出ています。恐らくは今後も議論は続くことでしょう。それだけ赤穂事件が「武士道」や日本人の精神に与えた影響は大きいと言えそうです。


さて、一見シャドーハウスとは相容れなさそうな話題となりましたが、こじつけではあるものの今回のエピソードと関係があります。

サブタイトルに名付けられた「かたき討ち」

作中では、まさに親族を失ったとある“生き人形”が、復讐のため行動を起こします。続きを読む

第216話 ルイーズの目覚め【感想】

一昨日、ローマ教皇のフランシスコ台下がお亡くなりになりました。

2013年の教皇選出から12年。

当時はアメリカ大陸出身者、かつイエズス会出身者として初のローマ教皇だと盛んにニュースで取り上げられておりましたが、絶対的な存在感を放った先々代のヨハネ・パウロ2世や、超保守派と見做されながらも700年ぶりの生前退位を決断した先代のベネディクト16世に続くとあって、教皇に求められる資質が高まっていた中での就任は大きな重圧だったと拝察しています。


しかしながら、フランシスコ台下は歴代で最も信徒に近しいローマ教皇だったと思います。

教皇就任直後の説法では伝統的なラテン語ではなくイタリア語を用いたほか、自らを「教皇」と名乗らず「ローマの司祭」と称したり、信徒と触れ合うためにできるだけ警護を薄くするよう要請するなど、人々との交わりを重視していました。

また、前任のベネディクト16世からツイッターアカウントを引き継ぐと、瞬く間にフォロワーが急増するという出来事もありました。これも「庶民派」たるフランシスコ台下ならではでしょう。

2014年にイタリア旅行に行った際、ローマ市内の至る所で氏の肖像を見かけました。

晩年は混迷を深める世界情勢の中で、「ローマ教皇」という重要な役割をどう果たしていくのか大変に苦慮している様子が伺えましたが、それでも宗教・国家・階級を超えて融和を願った姿は多くの人々の琴線に触れたと思います。

世界中から慕われた教皇の魂が安らかに眠らんことを願います。


さて、急に話題を変えて申し訳ないですが、次のローマ教皇を選出するにあたってバチカンではとある儀式が執り行われます。

コンクラーベ(Conclave)です。

日本語に訳すと「教皇選挙」

偶然にも同名の映画が公開されてますね。よく駄洒落で「根競べ」というジョークが交わされるので馴染みのある言葉かと思います。

語源はラテン語の「cum clave」(クム・クラーベ)=“鍵が掛かった”、だとか。

閉ざされた密室の中で枢機卿団が長時間に亘って討議する様子を見ると、あながち日本語のジョークも的を射てるなと改めて感じる次第です。

閉じられた扉が開く時、また新たな時代が始まります。次の教皇も山積する問題に悩まされることと思いますが、できるならばそうした気苦労がない世の中になっていってくれればと思っております。


ところで、今回の第216話の一ページ目にも閉ざされた扉が大きく描かれていますね。

これが本当の「扉絵」だ!、なんていう寒い駄洒落はさておき、この部屋の扉も固く閉ざされています。これは今回のサブタイトルにもあるルイーズの居室でした。

本話ではその扉を開けるべく、何としてでもルイーズの心を開かせようとする少年たちの姿が描かれました。
続きを読む

第215話 記録と記憶【感想】

先日、京都の桜が過去1200年間で最も早く開花したとニュースになっていました。
(→BBC NEWS JAPAN)


1200年!?


京都には桜の開花に関する記録が数多く現存しており、それを辿ると1200年前分の開花データが揃うというのです。

「千年王城」と呼ばれるほど長らく我が国の首都だった京都。「鳴くよ(794)鶯 平安京」なんて語呂合わせを覚えている方も多いかと思いますが、1200年ということは長岡京から遷都して以来ずっと記録され続けてきたということでしょう。

この季節になるとひしひしと感じますが、日本人の桜に対する愛が一層感じられるニュースでした。(そもそも「サクラ」の語源自体が日本文化そのものみたいなものですし)


ただ、日本人の桜にかける情熱もさることながら、日本人の「筆まめ」さも理由として挙げられると思います。

例えば、現代において頻繁に話題になる地球温暖化ですが、その気象データとして長野県諏訪湖の御神渡りが近年注目されていると言われています。

なぜなら、湖畔に位置する八剱神社には室町時代から続く御神渡りの記録が残っているからです。

この記録は各年の御神渡りができた初日を記したものですが、それを解析することで諏訪湖地域の600年弱の気温の変化が分かるそうです。そういわれると貴重なデータです!


また、福岡県の「直方隕石」は落下状況が目撃された最古の現存する隕石とされていますが、須賀神社に残る墨書がその証拠となっています。

他にも、昭和新山の誕生を克明に記録した「ミマツダイヤグラム」は国際会議で「日本にミマツあり」と高く評価され、世界中の地質学者から称賛されました。

それ以外にも、文化的価値がある「更科日記」や、幕末の歌舞伎役者・中村仲蔵が桜田門外の変を目撃した商人から話を集めた日記が残るなど、歴史的な記録が膨大に残っています。


記録よりも記憶、なんていうフレーズも見聞きすることも多いですが、時が経つにつれて曖昧になる「記憶」に対して「記録」は信憑性が高いです。

それを思うと、官製ではない個人的な見解や記録が、古くからこれほどまでに残っている国は例がないと思います。それが今になっても役に立っているのですから驚きですね。
(じゃあなんで重大事件の調書が破棄されたり、気象庁が保管してたはずの「カンテラ日誌」が処分されてるんだと言いたくなりますが)


さて、長くなりましたが、先ほども述べた通り「記憶」とは曖昧です。皆様も頭に残っている記憶と残されたメモの内容が違っていた、抜けがあったなんていう経験をしたことが一度はあるかと存じます。

私自身も本ブログの過去記事を読んでいて「こんなことあったんだっけか?」とすっかり忘れてしまっていたことも珍しくありません。その度に、書けるものはなるべく残すべきだなあと感じる毎日です。


それと同じく、シャドーハウスの劇中にも似たものが存在します。

エミリコの「考えないノート」です。

このノートはエミリコが「余計なことは全部書いて忘れちゃおう」(第21話)と思い立ったことで誕生したノートですが、それが重要なアイテムとして機能していることは説明するまでもないでしょう。積み重ねてきた記録は、時として力になるのです。


今回の第215話でも「考えないノート」に似たアイテムが登場しました。

その持ち主はベンジャミンの従者・ベンです。

こどもたちの中で並外れた筋肉を持つ彼ですが、その本当の「力」は筋肉だけではなく、積み重ねてきた記録も貴重な「力」となりました。
続きを読む
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ