来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

第163話 花言葉【感想】

ピオニー・ラッパスイセン

「花言葉」


遂にこの単語がサブタイトルになる日がこようとは感慨深いものです。


シャドーハウスは近代英国風の世界観をモデルにした作品ですが、物語の中には多くの花々が登場します。そして実に印象深いシーンを演出してきました。


例えば、キャラクターでいえばケイトとマリーローズ、バーバラの薔薇。

小道具で言えば、お披露目のシロツメクサやローブ様編でのピオニー。

さらに背景には、胡蝶蘭やムスカリと思しき花が見受けられます。


他にもルイーズのガーベラやパトリックが育てているチューリップと、挙げれば幾らでも出てきます。これらの花々は文字通り作品に鮮やかな色どりを添えてきました。


そして今回。
数話に亘って繰り広げられたパニックホラー編が終焉を迎えます。

どこまでも続いていくのではないかと思うくらいに、果てなく広がるお花畑。
しかしその結末は、幸せ溢れる光景とは相反するものでした。

とある少女の悪夢は、とある少年の絶望と引き換えに終わりを告げました。続きを読む

第162話 暴走状態【感想】

石割桜

こちらのサクラは、岩手県盛岡市にある「石割桜」という木です。先週東北地方へ旅行に行った際に撮影してきました。

石割桜は日本最北級のサクラの天然記念物(国指定)として古くから知られ、毎年花の時期になるとこうしてライトアップされる観光名所となっています。

私が盛岡市内に着いたのは夜になってからでしたが、運よく入口の扉は空いており(所在地は裁判所!)、訪れた観光客が木に近づくことができるようになっていました。さすが名桜というべきでしょうか。残念ながらほとんど花は散っていましたが、ライトアップのお陰かお花見気分で眺めることができました。

ちなみに私が東北に行った理由は、喜久屋書店仙台店のディスプレイを見に行ったのと、とある湖にてブログのネタを探しに行ったからです。湖に関しては記事ができるまで時間掛かりますので、気長にお待ちいただければと思います。


さて、石割桜は名前の通り石の割れ目から枝葉を伸ばしています。一説には、元々あった岩の割れ目に種が落ちそれが成長したそうです。現在でも割れ目の幅は年々広がっているといわれており、困難な状況でも力強く生きる姿を見たならば、自然の逞しさを感じずにはいられません。


ただ、人は自然ほどは逞しくありません。予期せぬ事態に直面し、それでも平静を保つことのできる人は限られています。先ほどの石割桜ではないですが、通常と異なる環境下で健全でいられるのは並大抵では不可能です。


今回のエピソードでは、自らを取り巻く異常事態に成す術なく混乱に陥る、ある少女の苦悩が描かれました。引き続きマーガレットを中心に物語は進んでいきます。続きを読む

第161話 気高き心【感想】

日本における貴族の発祥は4世紀といわれています。

大和朝廷の成立とともに皇族・豪族を中心として形成されたそうです。その後、平安時代初期にそれらの氏族を始祖とする藤原氏・橘氏・平氏・源氏といった一族が誕生し、歴代の政権に関与していきます。以降近代に至るまで、これらの貴族は政治や経済・文化に大きな影響力を持ちました。

さて、こうした貴族がなぜ大きな権力を持ったかといいますと、政治力・経済力もさることながら、長く続いてきた系譜だったことも理由に挙げられます。

古墳時代の豪族は日本神話に出自が由来します。神話に登場する神々の末裔として、有史以来天照大御神や天皇に仕えてきたことを根拠に支配層としての正当性を誇示したのです。著名な一族だと、物部氏や大伴氏といった教科書でも馴染みのある名があります。そうして長い歴史の中で有力な一族(=貴族)は上流階級として実権を握ってきました。


こうした貴族誕生の流れは、実は欧州でも同じです。

現在の欧州貴族が形成されたのは中世ですが、その源流は古代ローマ時代に遡ります。ローマの建国神話に登場する初代王・ロームルスが創設した元老院の議員(パトリキ)がそのまま力を持ち、代々支配層として影響力を持ったのが起源だそうです。神話を起源とする統治者の側近=貴族、と捉えると日本も欧州も同じですね。


ただ、古代以降の欧州貴族の成立は我が国とは異なります。

ローマが共和制へ移行すると被支配層だった平民階級が力を付け、やがて元老院議員になる者も出てきました。そうした王政ローマから代々続いてきた家系とは違う実力者は、新貴族(ノビレス)と呼ばれます。こうして現在目にするNOBLESSE(貴族、ノブレス)という言葉が生まれました。もっとも平民といえども元老院議員になるには有力な家系との縁故関係が必要でしたので、こうした一族も世襲制に近いものだったのは致し方ないところでしょうか。


しかし、歴史的に大きな貢献をしてきた一族でも、現代においてはそれだけで特権を持つことは理解されません。ましてや怠惰な生活やスキャンダルに見舞われようなら社会が許さないのが一般的な通念です。

貴族は社会に貢献し模範として振舞うべき、とする「ノブレス・オブリージュ」という言葉は19世紀のフランスが発祥ですが、現在は大きな力を持つ家系や企業・資本家の社会的責任を意味する概念として用いられています。力を持つ者がその立場を維持するには道徳的な行動も求められるのです。


さて、シャドーハウスも貴族を標榜する一族の物語ですが、その実態は既に第1話の1ページ目で明かされています。貴族そのものではなく「貴族のまねごとをしている者たち」、それがシャドー家なのです。

ですから厳密に言えばシャドー家は貴族ではありません。貴族のような支配者、とでも言えば良いでしょうか。とにかく正当性を持たない「貴族」なのです。


但し、それでも前述の新貴族(ノビレス)の話ではないですが、代々続く血筋でなくとも貴族になることは可能です。また、たとえ貴族でなくとも、貴族のような行動と心がけを持つことは誰にも咎められるものではありません。

今回のエピソードでは、そんな崇高な精神を持った主従が描かれました。

奇しくも読者から「パトリキ」と呼称されるあのソウルメイトです。続きを読む
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