来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

各話あらすじ

第92話 顔の見えない人形①

先日、バンクシーの新作が“発見”されたとのことで話題になっていましたね。
場所は英国南部のレディングという街にある旧刑務所です。
(写真はBBCNEWS JAPANから引用)
バンクシー

グーグルマップで調べると、街の中心に位置する歴史的な遺構のようです。
ニュース映像を見るからにこの場所で間違いないでしょう。
(画像はグーグルストリートビューより)

レディング

この旧刑務所は19世紀の詩人・オスカーワイルドが収容されていたことで知られており、保存か解体かを巡って地元では議論されているそうです。
よって、今回のバンクシーの行動は保存を後押しするものとして、保存派は歓迎の声明を出していました。

バンクシーの“公共物に絵を描く”という行為については度々非難の声が上がりますが、今回の件については『建物の価値を世界中に広めた』ということで概ね好意的に受け止められているとのことです。

このバンクシーの絵ですが、題材は「脱獄囚」のだそうです。ベッドシーツで作ったロープを伝って囚人が外壁を降りており、その先にはタイプライターが繋がっています。その様子から、モデルの人物はオスカーワイルドではないかと推測されています。


さて、イギリス繋がりとはいえ、なぜシャドーハウスに関係なさそうな話題を取り上げたかと言うと、理由は簡単です。

この絵と似た描写が本編で描かれていたからです。

まあシチュエーションは全然違うわけですから、ただのこじつけです。いつか第92話を振り返った時「ああ、そういえばそんなことあったね」と思い出して頂ければ楽しいかなと思い記してみました。

では、既にややネタバレですが本題に入りましょう。

前回ラストで危機に陥ったエミリコ。

それを助けたのは、主人の機転でした。




続きを読む

第91話 ケイト

シャドーハウスのサブタイトルは、魅力的なものが数多いです。

私は第57話の「破鏡不照」が好きですね。
初めて聞く言葉でしたが、調べてみると深い意味があり勉強になりました。

また、後々の展開からこの第57話を読んでみると、確かにこのエピソードは「後戻りのできない」要素が幾つも散りばめられていました。
名は体を表すとはよく言ったものです。


逆に、第43話の「最後の一対」は敢えてミスリードを誘う副題でした。

最後まで読み終えた後、サブタイトルの本当の意味が分かった時は愕然としました。
あの時の衝撃は今も残っています。


以前ソウマトウ先生がツイッターで明かしていましたが、各話のサブタイトルは担当者の方が付けているとのことです。

現担当者の方は昨年4月から携わるようになったと聞きましたが、それでも以前と変わらない、それどころかより技巧を凝らしたサブタイトルの連続に、いつも楽しませてもらっています。


その反面、内容によってはどんな題名でも事足りる場合もあったりします。

第59話の「散策」はその好例でしょうか。
単行本や電子版では上記のタイトルでしたが、雑誌掲載時は「秘密基地」となっていました。どちらもなんとなく合っている気がしますね。

もっとも、我々が『どちらでもいいじゃないか』と感じるのは、この二つが最後の最後まで残っていた選択肢だからでしょう。でなければ、発売直後に訂正が入ったりはしない筈です。
恐らく、ギリギリまで迷ったが故でのミスでしょうから、いずれにせよエピソードを体現したタイトルになっていてもおかしくはありません。その意味では、第59話はサブタイトルが二つある稀有な回と言えそうです。


さて、そんな秀逸な副題が並ぶシャドーハウスですが、第91話は「ケイト」でした。

第1話で用いられていた「ケイトとエミリコ」という副題に似たタイトル。
私はこの題名を見た時、なぜこんな紛らわしい副題を付けたのかと困惑しました。普通、過去話と混同するような名付けは避けるべきと思うからです。


しかし今回のお話を読んだ後、その題名が示す意味に気付き戦慄しました。

その秘密を知った今では、これ以上のサブタイトルはなかっただろうと思います。


続きを読む

第90話 千載一遇

チャンスを目の前にして冷静でいられるかどうか。
それこそが勝負の分け目と言えます。

1979年の日本シリーズ最終戦は、近鉄バファローズにとってまさに“千載一遇”のチャンスでした。

二リーグ制成立当時から存在していた伝統ある猛牛球団。

球団創設から30年目にして初のリーグ優勝を決めたバファローズは、その勢いのまま日本シリーズを本拠地で連勝、その後広島東洋カープに王手をかけられるものの、再び舞い戻った本拠地で逆王手を掛け、日本一を目指します。

しかし、戦災から立ち上がった広島市民の期待を背負ったカープも、初の日本一を手にするためにあらゆる手を尽くします。

かくして「猛牛球団」VS「市民球団」の決着は、双方譲らぬまま第7戦へと突入しました。


この第7戦の最終回で繰り広げられたのが、名高き「江夏の21球」です。

バファローズは最終回の攻撃でカープのリリーフ・江夏豊を攻め立てるものの、無死満塁というサヨナラ勝ちの好機を生かせず、ついに1点も取れないまま敗北します。

特に、19球目に投じられたストライクゾーンから大きく外れたボールは、現在でも失投だったのか、それともスクイズバントを避けるために敢えて江夏投手が投げたのかは、野球選手・ファンの間で判断が分かれています。

シリーズ終了後、作家の山際淳司氏は当時の関係者の駆け引きを丹念に取材し、それをノンフィクション作品として発表しました。その中で、勝利を収めようと攻勢をかけるバファローズ側と、打たれ続けるうちに冷静さを取り戻す江夏豊投手の様子が明らかになります。

そのドキュメントは野球ファンから大反響を巻き起こし、やがて本の題名から上記の場面は「江夏の21球」と呼ばれるようになりました。

野球に興味のない方も、言葉だけは聞いたことがあるかも知れませんね。


昨年の本日、2月11日に惜しまれつつ亡くなった野村克也氏は、NHKのドキュメントで

「わたくしが考えますには、このプロ野球っていうのは半世紀が流れておりますけども、これ程の格好の場面っていうのは出くわしたことはないんでありまして、これからも恐らく出るか出ないか分からないと思う。それぐらいの名場面が、昭和54年・3年前の広島.近鉄の日本シリーズじゃなかったかと思います」(音声反訳)

と述べています。

また、近鉄バファローズは大阪近鉄バファローズと名前が変わった後も存続しますが、残念ながら2004年の球界再編の煽りを受けて消滅しました。

上記の野村克也氏のコメントや、結局一度も日本一になることができないまま歴史に幕を下ろしたバファローズの悲劇も相まって、今でも第30回日本シリーズは語り継がれています。


さて、この日本シリーズ第7戦最終回の攻防についてですが、まさに勝負を左右したのは『冷静でいられたかどうか』でした。

ドキュメント「江夏の21球」では、前半は失点が許されない状況で守勢しようと奮闘するカープバッテリーと、その隙を突くバファローズの攻撃が描かれます。片や後半は、ピンチを迎えるもののチームメイトの一言で冷静さを取り戻す江夏豊投手と、何としてでも点を取りたいと焦燥するバファローズ側の様子が描かれます。

最後の最後に広島東洋カープが栄光を手にしますが、その闘いは一寸先も見通せない非常にタフな闘いでした。勝負の分かれ目は、最終局面で普段通りの実力を出せるかどうかにかかっていたといえましょう。


今回のお話では、前回と打って変わって、現在のこどもたちの棟の状況は“千載一遇”のチャンスだと賭けに出るケイトの様子が描かれました。

しかし多くの方がSNSで憂慮するように、私もケイトの行動は、今までの彼女からは考えられない衝動的な打算に基づいた行為にしか見えません。

既に次回が待ち遠しいですが、ひとまず第90話を振り返りましょう。続きを読む

第89話 甘言

あまり日常生活では使いませんが、“甘言”という言葉はよく見かけます。

読んで字の如く、口先だけの聞き心地の良い発言を指す言葉です。
そういった言葉を並べることを、“甘言を弄する”などと表現したりします。


この“甘言”と似た言葉に“巧言令色”という熟語があります。
この言葉を用いた文で最も有名なのは、論語の

「子曰く、巧言令色鮮きかな仁。」
(巧みに言葉を飾り人の顔を伺う者には、人徳や情はない)

です。(“巧言令色鮮し仁”とも言います)


論語は春秋時代の中華の思想家・孔子の言葉をまとめた本ですが、2000年前の言葉が現在でも通用するとは面白いものです。結局のところ、人間の本質は案外変わっていないということでしょう。

論語には、現代においても非常に示唆に富む言葉が数多いです。もしも興味がありましたらインターネットで探してみて下さい、幾らでも見つかります。本屋に行けば関連書籍もたくさんありますので手に取ってみてはいかがでしょうか?


さて、シャドーハウスから話題が逸れましたが、論語の中でもう一つ紹介したい言葉があります。

それは、

「子曰く、徳は弧ならず、必ず鄰あり」
(人格者は孤独ではない。必ずそれを仰ぎ、共鳴する者がいる)

です。

シャドーハウスと出会い物語が進む中で、この言葉から私が想起したのはケイトの姿でした。

ケイトの正義を貫こうとする姿勢にエミリコやジョン・ショーンは共感し、当初の孤独だった闘いが様変わりしました。彼女の正しさは、第74話ですっきりとした笑顔を浮かべていた、ローズマリーの表情が何よりも物語っています。

仲間とはまだ言い切れませんが、ルイーズ組やパトリック組とも良好な関係を築いていますし、もしもシャーリーとラムがいればきっと心強い理解者になってくれたことでしょう。

ケイトの志には、それだけの魅力があるのです。


しかしそのケイトの仲間集めも、“甘言を弄する”あの人物によって阻まれることとなります。

あと一歩のところで、ケイトの想いはサラに届きませんでした。



続きを読む

第88話 値踏み

三者面談と言うと、教師と生徒と保護者の三者で行われるアレのことですね。
良くも悪くも学生時代の思い出が甦る方も多いでしょう。

そこで話される内容は、学業から交友関係・家庭環境や趣味性格など、今思えばよくもまあ、踏み込んだところまで話していたと思います。それだけ我が国の子供の成長において、学校という場の占める割合が大きいのかも知れません。近年ではそれが弊害を生んでいるなんて言うことは良く聞きますね。

大人になった今では、教師も生徒もメリットがないのだから、いい加減教科やクラブの分業化やスクールカウンセラーの本格的な活用を進めればいいのにと、ついつい思ってしまいます。
見聞きするのも辛いニュースはもうたくさんです。


さて、ちょっと愚痴が止みそうにないので話を戻します。

前話の第87話では、エドワードとこどもたちで密室の面談が行われました。姿立場は違えど、まるで三者面談のようです。

しかしそこで交わされた会話は、当然こどもたちのためではありません。エドワードの自分本位の謀略のために設けられた、言わば“検問”です。その拒否権は、こどもたちの棟の住人には与えられることはありませんでした。


その検問によって崩壊寸前に陥る第10班。

エドワードの策略 VS ケイトの統率力、という根競べが始まりました。


続きを読む
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ