来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

感想

第84話 ルール違反

ルールとマナーは似て非なるものです。

ルールとは“決まり事”、マナーは“気遣い”と私は解釈しているのですが、英語の意味を調べていると概ね合っているようです。

スポーツで言えば、競技規定がルールで、スポーツマンシップや『暗黙のルール』といったものがマナーにあたるかと思います。


ところで、“ルール”は日本語としても浸透していますが、英語の“rule”は宗教の規定や制約も指すそうです。

日本語だとスポーツ競技において頻繁に使用されるため、ビジネスや宗教といった分野で「ルール」という言葉をあまり見かけませんが、英語ではどんな分野でも“rule”で通用します。
こうなると「ルール」も1種の和製英語と言えそうですね。


さて、この「ルール」は我々の日常生活に身近な存在ですが、運用していく上での一番の難点は“判定の是非”ではないでしょうか。

社会生活でもスポーツでも、その結果を巡って諍いが起こることは日常茶飯事です。

現実社会であれば司法、スポーツであれば審判が権限を行使してその判断を行うわけですが、誤審となると試合結果だけではなく、歴史が変わっていたのではないかという事例は数知れません。

先日亡くなったマラドーナ氏の「神の手ゴール」はその代表といえます。
(全然関係ないですが、ソウマトウ先生が影響を受けたという“ウォレスとグルミット”が2018年ワールドカップ招致のPVとして用いられた際に、「神の手ゴール」のパロディが作中で描かれたそうです)

そうした事態を招かないようにするため、テニスならチャレンジ、野球はリクエスト、相撲は物言いがあります。現実社会では警察による権限行使の後、三審制の裁判制度があります。


ただそういった制度があったとしても、なかなか万人が納得する結果が出るわけではありません。
これらの制度が円滑に運用されるには、ジャッジを下す者や団体に権威と正当性が必要だからです。そうでなければ、誰も言うことを聞く筈がありません。

先日相撲に関する記事を読んでいたのですが、横綱審議委員会が抱える問題は委員会の行動ではなく、委員会の権威の失墜こそが迷走の原因であるという意見がありました。
軽くあしらわれる、言い方を変えれば「舐められている」状況では、何を言っても相手には伝わらないのです。


シャドーハウス、特にこどもたちの棟においてルールの運用を行っているのは星つきです。

バーバラを筆頭に腫れもの扱いされる立場ですが、内情を知った読者にとっては危なっかしくて仕方がない存在です。
なんといっても、バーバラ自身がナイーブな性格ですからね。いつ見ても心配でたまりません。


ですが今回のお話では、こどもたちの棟の秩序を守る者として彼女は堂々と適切な判断を下しました。

立場が人を作る、なんて言葉がありますが、バーバラがリーダーとして冷静に振る舞う場面は私のお気に入りだったりします。こういったシーンを見るたびに、「バーバラは煤量だけじゃないんだぞ!」と心の中で応援しています。
彼女の大変さは知っていますが、これからもこういったシーンが見てみたいですね。


第84話は、こどもたちの様々な表情を見ることができました。


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第83話 難題

“左利き双子説”という説があります。

一卵性・二卵性に関わらず、双子は単生児に比べて左利きの出現割合が多いことから提唱された説です。
つまり単生児の左利きは、もともと胎内で双子だった筈が、右利きの胎児が何らかの理由で消滅した結果生まれたということです。

しかし、これだけではなぜ左利きが生まれるのかその理由は判然としません。
現在の研究では脳の構造や遺伝子も関係している可能性があると考えられていますが、まだこれといった説はないそうです。

結局のところは、左利きが生まれる理由は複合的な要因が絡んだ結果、偶発的に出現すると考えた方が自然なのかも知れません。


ところで、実は私管理人も左利きです。

左利きというとまあ珍しがられることもあるのですが、これまでその恩恵を受けたことはほとんどありません。初対面の人とちょっとした話のきっかけになったとか、その程度でしょうか。(右腕に時計をしていると、ちょくちょく気付く人がいたりします)


私が先に挙げた“左利き双子説”を知ったのは、幼い頃にあるテレビ番組を観ていた時でした。その番組でも、単生児の左利きは双子の片方が消失した結果誕生したと解説されていました。

当時、それを聞いて奇妙な気分に襲われたのをよく覚えています。


私は双子ではありません。

ということは、本来であれば双子の兄弟あるいは姉妹がいたかも知れません。
もしそうだとしたら、果たしてどんな存在で、どんな人間だったのか…。

あるいは、ひょっとしたら消失していたのは片割れの方ではなく、自身の方だったかも知れません。
もしそうだとしたら、今の自分は生まれてこなかったということになるのか…。


幼いながらもそんなことを考えて、背筋がぞっとしました。
そして暫くの間、そのことが頭から離れませんでした。

今でも時々、そのことを思い出しては不思議な気分になります。


ただ私の場合は、ただの幻想と言ってしまえばそれまでです。
存在したか分からない双子の相方に思い馳せたところで、所詮は想像の産物でしかありません。

もしも実際に、生まれた時からずっと傍にいた自分と同じ顔・同じ体・同じ考えを持つ人間が突如消え失せたとすれば、それは考えもつかない困惑をもたらすことでしょう。


今回のお話では、「ふたりでひとり」と刷り込まれたが故に戸惑う、“ひとり”の少女がいました。


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第82話 エミリコ班

お気づきの方もいるかも知れませんが、今話の構成はいつもと違っています。

何が違うのかといいますと、扉絵が2ページ目以降にあることです。

『扉』絵と言うくらいですから本来は1ページ目にあるのが普通です。ところが今回は3ページ目にあるんですよね。

副題が2ページ目以降に書かれているのは第38話・43話・44話がありますが、扉絵が1ページ目以外で描かれるのは第1話以来です。(第43話も扉絵っぽいと言えば扉絵みたいですが)


ところで、なぜ私がここで扉絵に注視したのか。
理由は簡単です。

ただ単に、ソウマトウ先生のツイッターで上げられた次回予告画像がとても可愛かったからです。(見ていない方はここよりどうぞ)

新生・エミリコ班のメンバーが並んだ絵。個性的な4人が横並びになっているのを見て本編を今か今かと待ち受けていたのですが、そうして読み始めたらある筈の扉絵がなかったので「おやっ?」と思ったんですよね。

ですが読み進めていくとちゃんとありました。そこで扉絵が2ページ目以降にあるのはいつ以来なんだろうと調べてみたら、上記のような結果だったわけです。まあ偶然の成果だったわけですね。

もし第82話を読んで、
『なんてことだ……!これは第1話以来、81話ぶりの希少な構成だ!!』
と瞬時に分かった方がいましたら、トップクラスのシャドーハウスマニアかと思います。ぜひ教えを請いたいです。


さてさて、それはともかくとして何度見ても可愛らしい扉絵ですね。
ツイッターでは彼女達の姿を見て「アイドルじゃん」と呟いている方がいましたが、まさにそんな感じです。私は前述の予告画像を見て『エミリコが持っているのは箒の柄だろうけど、これだとバトンみたい』と思っていました。

音楽隊にせよアイドルにせよ、こんな娘たちが集まったグループなら大ヒット間違いなしですよね。
もしも彼女達がブレイクしなかったとしたら、所属事務所のプロデュースが100%悪かったと断言します()

ただ残念なのが、本来ベルのところに立っている筈だったローズマリーがいないことでしょうか。
得意げに腰に手を当てたローズマリー見たかったなあ……。

それともう一つこの扉絵を見て思い出したのが、エミリコが初めて朝の大掃除に参加したエピソードです。第8話で“すす掃除の唄”(管理人が勝手につけた仮称)を朗らかに歌っていたローズマリー班ですが、思わず当時の雰囲気に似ているなあと感じました。
アニメであの歌にメロディーが付いていたら楽しいでしょうね。


さて、そろそろ本題に移りましょう。

前回の終盤で発足したエミリコ班。その船出は、前途多難なものでした。続きを読む

第81話 新しい班長

11月4日(現地時間3日)から、米国大統領選挙の投開票が行われていますね。

共和党は現職・トランプ氏、民主党はバイデン氏が代表として選出され、昨日バイデン氏が当確として勝利宣言しました。

ところが、トランプ氏は9日現在も投開票の是非について訴えており、まだまだ予断を許さない状況となっています。2000年の時と同様、年明けまではこの状況が続くのではないでしょうか。

ただ厄介なのが、米国はこういった状況が続くと大抵、国内の平定のため外部において激越な行動を起こすことが度々あります。他国のことに口出しすべきではないですが、そういった国柄であることをはっきりと認識した上で、適切な付き合い方を考えていく必要があるのではないかと感じています。


ところで、此度の選挙を例に出さずともリーダーの選出には内紛がつきものです。決して愉快なものではないですが、古今東西見渡せば幾らでもこういったケースは見受けられます。

選挙制・世襲制・輪番制・指名制・籤引制と方法の違いはあれど、対立候補が納得せずに争いになる例はこれまで何度も繰り返されてきました。会社の部署の長から一国の首脳まで、規模の大小は問わず一度は見聞きしたことがあるかと存じます。

これらが紛争の種になるのは権益の確保が主な原因ですが、リーダーという地位が権威的な効果を持っているのも問題を複雑にさせる一つの要因だったりします。こうなるともう、解決の糸口を掴むのは困難です。


今回のエピソードも、現実世界で散見される「リーダーの選出」の難しさが描写されました。

かの国と同様、この問題が解決するには幾つもの壁を乗り越える必要がありそうです。



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第80話 日常

鳥は自由の象徴と言われています。

それを明確に謳っている組織や宗教、文化はないのですが、なぜかそういった認識は古今東西見受けられます。

恐らく、翼を持ち大空を翔る姿が自由を連想させるからでしょう。キリスト教では鳩が救済の象徴として扱われていますが、天に最も近い場所を飛ぶ彼らを、昔の人は神の使いとして見ていたのかも知れません。宗教画に描かれる天使に翼が生えているのもそういった理由からだと思われます。

少し話は変わりますが、私がシャドーハウスのケイトを初めて見た時に脳裏に浮かんだのは「パンをふんだむすめ」という影絵劇でした。

同名のアンデルセンの童話を原作とした影絵劇で、30年ほど前にNHK教育で数回放映されていました。現在30~40代の方は観たことがあるという方もいらっしゃるかと思います。恐怖を煽る主題歌が印象に残っている人も多いでしょう。劇自体は、横浜を拠点とする“劇団かかし座”という超一流劇団の制作なので完成度はかなり高いです。一度でいいので劇場で見てみたい作品です。

ネタバレになりますが、この「パンをふんだむすめ」にも救済の象徴として小鳥が登場します。原作にはない描写らしいですが、元々の童話はかなり宗教色が強いものだということですから、それを考慮した上での脚色だったのでしょう。キリスト教徒が大多数ではない日本人に向けて、アンデルセンの意図をうまく組み込むための演出だったのかも知れません。私も大人になってから振り返って、当時の自分がその演出によって作品の主題を知らずの内に感じ取っていたことを思い出しました。機会があれば一度ご覧頂きたいです。


さて、節目となる第80話は冒頭で鳥が登場しました。

嬉しそうに鳥へと手を伸ばす少女。

しかしその手は僅かに届かず、自由の象徴は陽光へと消えていきました。



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