来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

感想

第89話 甘言

あまり日常生活では使いませんが、“甘言”という言葉はよく見かけます。

読んで字の如く、口先だけの聞き心地の良い発言を指す言葉です。
そういった言葉を並べることを、“甘言を弄する”などと表現したりします。


この“甘言”と似た言葉に“巧言令色”という熟語があります。
この言葉を用いた文で最も有名なのは、論語の

「子曰く、巧言令色鮮きかな仁。」
(巧みに言葉を飾り人の顔を伺う者には、人徳や情はない)

です。(“巧言令色鮮し仁”とも言います)


論語は春秋時代の中華の思想家・孔子の言葉をまとめた本ですが、2000年前の言葉が現在でも通用するとは面白いものです。結局のところ、人間の本質は案外変わっていないということでしょう。

論語には、現代においても非常に示唆に富む言葉が数多いです。もしも興味がありましたらインターネットで探してみて下さい、幾らでも見つかります。本屋に行けば関連書籍もたくさんありますので手に取ってみてはいかがでしょうか?


さて、シャドーハウスから話題が逸れましたが、論語の中でもう一つ紹介したい言葉があります。

それは、

「子曰く、徳は弧ならず、必ず鄰あり」
(人格者は孤独ではない。必ずそれを仰ぎ、共鳴する者がいる)

です。

シャドーハウスと出会い物語が進む中で、この言葉から私が想起したのはケイトの姿でした。

ケイトの正義を貫こうとする姿勢にエミリコやジョン・ショーンは共感し、当初の孤独だった闘いが様変わりしました。彼女の正しさは、第74話ですっきりとした笑顔を浮かべていた、ローズマリーの表情が何よりも物語っています。

仲間とはまだ言い切れませんが、ルイーズ組やパトリック組とも良好な関係を築いていますし、もしもシャーリーとラムがいればきっと心強い理解者になってくれたことでしょう。

ケイトの志には、それだけの魅力があるのです。


しかしそのケイトの仲間集めも、“甘言を弄する”あの人物によって阻まれることとなります。

あと一歩のところで、ケイトの想いはサラに届きませんでした。



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第88話 値踏み

三者面談と言うと、教師と生徒と保護者の三者で行われるアレのことですね。
良くも悪くも学生時代の思い出が甦る方も多いでしょう。

そこで話される内容は、学業から交友関係・家庭環境や趣味性格など、今思えばよくもまあ、踏み込んだところまで話していたと思います。それだけ我が国の子供の成長において、学校という場の占める割合が大きいのかも知れません。近年ではそれが弊害を生んでいるなんて言うことは良く聞きますね。

大人になった今では、教師も生徒もメリットがないのだから、いい加減教科やクラブの分業化やスクールカウンセラーの本格的な活用を進めればいいのにと、ついつい思ってしまいます。
見聞きするのも辛いニュースはもうたくさんです。


さて、ちょっと愚痴が止みそうにないので話を戻します。

前話の第87話では、エドワードとこどもたちで密室の面談が行われました。姿立場は違えど、まるで三者面談のようです。

しかしそこで交わされた会話は、当然こどもたちのためではありません。エドワードの自分本位の謀略のために設けられた、言わば“検問”です。その拒否権は、こどもたちの棟の住人には与えられることはありませんでした。


その検問によって崩壊寸前に陥る第10班。

エドワードの策略 VS ケイトの統率力、という根競べが始まりました。


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第87話 視察

超大国のリーダーの選出は、前代未聞の事態へと発展しました。

今月6日に起きた米国連邦議会の襲撃事件です。

分断による猜疑心は年が明けても消えず、行きつくところまで辿り着いてしまった感があります。議場内で拳銃を見る日が来るとは思ってもみませんでした。


ところで、傍から見ると大国として確固たる地位を築いている米国ですが、実はウィークポイントがあります。

それは米国民自身からの攻撃です。

実際に、歴史上において米国が最も犠牲を負ったのは、独立戦争でも第二次大戦でもベトナム戦争でもなく、南北戦争でした。
他国との戦いにおいては比例ない強さを誇っていますが、こと内部からの突き上げには脆弱なのです。此度の事件はそれを浮き彫りにしたと言えます。


組織を崩壊させたいならば、内部から蝕むのが一番です。

第一次大戦のドイツ革命や、日露戦争の明石元二郎大佐の対露工作はその好例でしょう。そういった事例は挙げればきりがありません。


それをエドワードが知っていたのかは分かりませんが、彼はケイト班を瓦解させるため、謀略を実行へと移しました。

視察と称した内部工作。
第10班に崩壊の危機が迫ります。


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第86話 管理者の思惑

凄いどうでもいい話ですが、エドワードのスーツってかなり派手ですよね。

初登場の頃から「悪趣味」とか「目がチカチカする」なんて言われていましたが、黒地に黄色という配色の時点でかなり奇異です。
しかもそれが花柄というのですからもうお腹いっぱいです。胸やけがしてきそう…。


ちなみに「花柄」と「スーツ」でWeb画像を検索してみると、これまた賑やかな写真がずらっと出てきます。どれも街中ではまず見ないデザインばかりです。というか、どうみてもカタギの人が着る服では…(以下自粛)

ただよく見てみると、ほとんどが「演出服」「舞台服」「ステージ衣装」として出品されています。
要するに普段使いではないということですね。言われてみれば、確かに舞台映えしそうではあります。

服飾史に詳しくないので何とも言えませんが、近世欧州ではこういった服が流行っていたのかも知れません。そうすると現代人の目には奇異に映る服も、“貴族のまねごと”をするシャドーハウスでは至って普通なのでしょう。

ソウマトウ先生はpixivFANBOXで参考資料を紹介していましたが、その本の中に英国の服装に関する資料が数点ありました。もしかしたらその中にはケイトやジョン、そしてエドワードが着ているような服も載っているのかも知れませんね。


しかしフィクション、それも二次元とはいえ、あのスーツを着こなしているエドワードはある意味凄いと思います。現実世界ではどんなに美麗な男性でもあの柄が似合う人なんていないんじゃないですかね?
強いて言えばTHE ALFEEの高見沢氏とかぐらいでしょうか。海外の俳優とかまで調べてみればもうちょっといそうですが、それでもごく少数でしょう。


シャドーハウスは容姿端麗なキャラクターしか登場しませんが、漫画やアニメでよく見受けられる「イケメンしか出てこない」「美少女しかいない」といった批判を、物語の設定で無効化しているのは非常に巧みだと思います。その上で通常の人間であれば到底似合わない服をサラッと着せるとは実に策士ですね。

前話でバービーは「ケイト様は少し策士過ぎる」なんて言っていましたが、ソウマトウ先生の一方は頭から煤を出す赤いドレスのお嬢様なのではないかという考えが、再び頭をもたげてきました。


第86話は、そんなハイレベルなこどもたちの棟での権力争いを制し、“二階”まで辿り着いたエドワードが主役のお話です。



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第85話 特別な珈琲

今回はほぼ1年ぶりの『星つき回』でしたね。

今年最初のシャドーハウスは第52話でしたが、あの時の扉絵は星つきが勢揃いしており、さながら年始の挨拶のようでした。

あれから一年、何だかあっという間の気分です。30話以上も話が進んだとは信じられない気持ちです。


さて。
翻って第85話の扉絵ですが、今回は2ページ目以降に描かれています。

第82話のあらすじ記事でこういった構成は珍しいと書いたばかりなのに、早速事例が増えてしまいました。これからはこういった形で扉絵が描かれることが多くなるのかも知れません。


ただ何よりも目を引くのが、今回の扉絵は星つきの生き人形だけしかいないことです。それも4人全員があの珈琲を飲んでおり、もちろん瞳は濁ったままです。

星つきについては最近よく掘り下げられていたため親近感を抱くことも多かったですが、こうしてみると彼らは館にどっぷりと浸かっているのが良く分かりますね。


今回のお話は、失われた“特別な珈琲”について懊悩する4組の姿が描かれていました。


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