来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

各話感想

第139話 照合結果

さて、いつもですと長々と前書きを書くところですが、体調が芳しくない&140話の公開が差し迫っていることから、今回は気付いたことを幾つか述べるに留めたいと思います。

これまでよりもかなり短い、かつざっくりした記事になりますがご了承下さい。

では続きよりどうぞ。続きを読む

第138話 バトンリレー【感想】

どうでもいい雑談なのですが、シャドーハウスの中でスポーツって何か行われてるんですかね?

以前、館の敷地内に農園があるという情報が明らかになった際に、それなら球技場もあるんじゃないかなと思ったものですが、一向にそういった設定は出てきません。

それに準じるのは、ベンジャミン組とルイーズ組の逢瀬の場であるトレーニングルームくらいでしょうか。

シャドーハウスの世界観ならテニスコートやクリケット場、スカッシュコートがあっても違和感ないですが、どうやら彼らはスポーツとは距離を置いた貴族のようです。シャドーハウス学園にはサッカーと剣道はあるみたいですけども……


ところが、作中で一箇所だけスポーツという単語が出てきたエピソードがあります。

こどもたちの棟がこれまでになく輝いていた黄金期・クリストファー下の時代のことです。

当時のクリストファーは、運動神経抜群のバービーを見て「スポーツの教師になれるぞ」と褒めていました。そして、スポーツの教師になったバービーは率先してこどもたちと外に出てランニングを始めます。

ということは、シャドーハウスには少なくともランニング、あるいはトラック競技の概念があるのは間違いなさそうですね。

ちなみにこれは、話数で言うと第76話です。ネタバレになりますが、丁度次回のアニメの内容と被ります。(偶然でしょうけども)(果たしてツインテールのバービーはアニメで描かれるのか…!?)


しかし、そうとなれば此度のサブタイトルも決して荒唐無稽とはいえないでしょう。

10班の班長から選別会の首席へ、選別会の首席からお披露目の首席へ、お披露目の首席からソウルメイトへ…

リレーの途中には給水、ではなく情報を与えてくれたあの一組も勿論います。
また、その過程で新たな仲間も増えました。

ケイトに事態打破に欠かせない鍵を渡すパトリック。

エミリコの言う通り、此度のエピソードでは「仲良しリレー」のバトンが繋がりました。続きを読む

第137話 がらくた【感想】

第117話のエドワード、第125話のスージーに続き、今話はバービーの単独カラー扉です。

以前でしたら単独カラー扉はエミリコの専売特許でしたが、最近になって他のキャラクターの登場が目立ってきていますね。アニメの影響によって作品自体の人気が出てきたからでしょうか。

母数が増えれば多様化が進むのは自然の摂理ですから、ひょっとしたら今後もあっと驚くようなキャラクターに焦点が当てられるかも知れません。温室班のマーガレットとマギーや、大成しないなんて言われていたウィリアム組とヘンリー組のメイン回も期待したいですね。


さて、ところでシャドーハウスにおいて初めてポートレイトが描かれたのはいつなのかご存知でしょうか?

実は、今回の扉絵の主であるバービーの初登場回(=第7話)、つまりバービーが着ていたのがポートレイトの初お披露目でした。なんと、第11話のミアではないのです!

このポートレイトは言わば生き人形にとって「制服」的な存在ですが、実際にお披露目に「合格」した生き人形のみが着ることを許された特別な服です。だからこそ、第44話でエミリコはポートレイトを着て感激していたのです。今思うと、なんだか憧れの制服を着て喜ぶ少女感がありますね。(ソウマトウ先生のシャドーハウス学園もそういえばポートレイトベースの制服だ…)(あ、でも男子は詰襟…)


扉絵のバービーも、今では考えられない眩しい笑顔をこちらに向けています。

着ている服はポートレイト。

そうとくれば、このイラストはお披露目直後の彼女の姿を現しているに違いありません。

アニメ第1話のCパート(次回予告?)で話題になっていたあのシーンとリンクした、輝かしい過去の面影。

かつての無垢な笑顔をめくってみると、その下にはあまりに辛い「消えない傷」が隠されていました。
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第136話 誰がために【感想】

あまり聞き慣れない「誰がために」という言葉。

現代風に言えば「誰のために」という意味ですが、私が真っ先に想起したのは石森章太郎氏の名作「サイボーグ009」のアニメ主題歌の題名です。

「サイボーグ009」は、悪の組織に攫われてサイボーグに改造された九人の戦士が、組織に対して造反した博士と共に世界の平和のために闘う少年漫画です。

組織に攫われて改造された人間がその組織に対して抵抗する、というとどことなくシャドーハウスを彷彿とさせますね。

ちなみに先程「少年漫画」と書きましたが、主人公の島村ジョーのナイーヴな性格が世の少女達の支持を得たことから、少女漫画誌にも掲載されたこともあります。

この辺りも男女問わない人気があるシャドーハウスに似てますね。


さて、件の「誰がために」という曲はサイボーグ戦士たちの悲哀が綴られており、今なおサイボーグ009を代表する楽曲とされています。

望まぬ改造を受けた哀しみ、普通の人間には戻れない絶望、平和のために自身が戦わざるを得ない現実、繰り返される愚かな人類の所業、否応なしに翻弄される運命……。

彼らの境遇がありったけ詰め込まれた歌詞を書いたのは、原作者の石森章太郎氏でした。すぎやまこういち氏の壮大な編曲もさることながら、この楽曲が今日でも語り継がれているのは、人生における苦しみの一つ一つを身に覚えのある出来事として、聞いた人々の心に響いているからなのかも知れません。


ところで、そうすると此度のサブタイトル「誰がために」は誰の心情を示しているのか気になるところです。

シャドーハウスでは、シャドーは偉大なるおじい様のため、生き人形は主人のシャドーのために存在しているからです。ケイト達を除けば、従来のシャドーハウスではそれが常識です。


しかし、それはあくまで表面上のことです。

今回のエピソードでは、かつて主人の心情を汲み取り間違えていた生き人形と、そのことについて気付きを得た生き人形が登場しました。
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第135話 主従関係

シャドーハウスがどんな作品かと問われた時、「主従関係」を無視して語ることはかなり困難です。

試しに、シャドーハウスの魅力を誰かに教えると想像してみて下さい。様々な切り口で説明したところで、終わった頃には「主従関係」或いはそれに似た言葉を使わなければ成り立たないことを、嫌でも痛感することと思います。


余談ですが、アニメシャドーハウスの一期が初放映されたのは令和3年4月10日でした。

この日はシャ(4)ドー(10)と読むことができる、なんて一部で話題になっておりましたが、実は「主従の日」でもありました。

シャドーハウスのタイトルと内容、両方に関係のある日が偶然にもアニメ第1話の放映日だったのです。

運命の悪戯とはかくもよく転がっているものですね。こういった現実世界とのクロスオーバーはシャドーハウスでは珍しくありません。いつかそれをまとめられればと思っています。(何年後になることやら…)


ところが、よく読んでみると同期組に関しては単純な「主従関係」とは言えない部分もままあります。

私的見解ですが、

ケイト&エミリコ→母娘、親友
ジョン&ショーン→兄弟、相棒
ルイーズ&ルウ →姉妹、級友
シャーリー&ラム→魔女っ娘と使い魔

この4組はこんな風な関係ではないかなと眺めています。もちろんこれは私の考えですので違うという方もいらっしゃるかと存じますが、いずれにせよ「主従関係」という一言では言い表せられない関係性を彼ら彼女らは築いているのです。


すると、パトリックとリッキーは同期の中では稀有と言えそうです。

パトリックは立派なシャドーでいようと心掛ける描写が散見されますし、リッキーは主人のために優秀であろうと努力するシーンが多いからです。

同期組の中で、これほど自己を「主人」或いは「従者」だと自覚しているのはパトリック組が唯一でしょう。ある意味貴重なペアだったわけです。


しかし、此度のエピソードでは本音を語り合うことで、二人は「主従関係」とは違う関係性を発見しました。

それでは本題に移りましょう。

サブタイトルこそは「主従関係」ですが、第135話の主題は「魂の友」(ソウルメイト)です!!続きを読む
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