来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

各話感想

第134話 心【感想】

「心」というサブタイトルを見た時、思い浮かんだのは夏目漱石の「こゝろ」でした。

夏目漱石と言えば知らぬ人はいない明治の文豪です。以前は千円札にも肖像として採用されていました。

千円札(夏目漱石)

小説の「こゝろ」も有名です。全編読んだことがなくても、学生時代に国語の教科書で触れた方も多いかと思います。調べてみると、これまでに700万部以上を売り上げた国内で最も売れた本とのことです。
(村上春樹氏の「ノルウェイの森」の方が売れてると思うんですが、どこ情報なんだろう?それとも単巻限定ということでしょうか。)


ところで、実は以前にも本ブログで夏目漱石について触れたことがありました。

第30話のあらすじ紹介です。(第30話 黒い点)

かなり前の記事ですね。偶然でしょうが、100話以上の時を経てあの時と関係のあるエピソードで再び同作家を想起するとは思いませんでした。

当時の記事ではエミリコの献身を「三四郎」の台詞を引用して紹介しています。暫くぶりに読み返してみて、あんな事もあったなあと懐かしくなりました。

第30話が公開されたのは3年前の5月30日ですので、きっと似たような気候が同じような思考を生み出したのかも知れませんね。


ただ、何もかもを偶然で片づけるわけにはいきません。

此度の第134話は純粋な二人がメインのストーリーでした。
公開日の6月9日と同じく、「無垢な」やり取りが繰り広げられます。続きを読む

第133話 無二の存在【感想】

タイトルに「無二の存在」とありますが、ケイトとエミリコにとっては互いこそが「唯一無二」の存在であることは疑いないでしょう。

23度目のカラー扉となった今号のシャドーハウスは、ケイトとエミリコが背中を向け合ったイラストでした。(週刊ヤングジャンプの公式ツイッターから一部見られます→【カラー扉付】)

単行本第8巻と同じく、背中を預け合うことのできるケイトとエミリコの信頼関係は強固です。揺るぎありません。

ケイトとエミリコが多くの困難を共に乗り越えてきた証。まさにそれが表現された構図だと思います。


さて、振り返って自分はどうなんだろうと考えましたが、今のところ私にとっての「無二の存在」はシャドーハウスかなと考えています。

娯楽作品を「無二の存在」と言い切ってしまうのはいささか危ういかと思いますが、それでもぱっと浮かんだのはこの漫画でした。我ながら随分と入れ込んだものだなあと感心(呆れて?)しています。

まあ、それでも後悔はしないと確信していますからこれで良いかなというのが率直な思いです。人ぞれぞれ答えが違っていて当たり前でしょうからね。


今回のエピソードでは、ケイトとエミリコ以外のキャラクターも「無二の存在」がいることが描写されました。

ところが、とある人物に関しては予期しない形でそれが判明してしまいます。
続きを読む

第132話 奥の手【感想】

本ブログでは、これまで「シャドーハウスはサブタイトルも凄い!」と散々繰り返してきましたが、シャドーハウスはサブタイトル以外にも本編とは関係のないところにネタが潜んでいます。

例えば「煽り」です。

雑誌で読んでいる方はご存じかと思いますが、毎回冒頭やラストには編集部(担当者でしょうけども)が考えたと思われるコピーが掲載されています。

個人的に今までのラストページの煽り文で好きなのは、「……これぞ真のシャドーボクシング…?」です。

これだけでどんなエピソードだったのかお分かりでしょう。言うまでもなく、ジョンとショーンが夕日を浴びて殴り合ってたあの第51話です。
うん、ただの駄洒落ですね…。

そういえば、前々回ラストの「勘のいい子は…。」という煽り文も結構な反響がありましたよね。元ネタは人気漫画・鋼の錬金術師の「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」という台詞ではないかと推測されておりますが、真相はどうなのでしょうか。

本当だとすれば、わざわざ他出版社の作品のパロディを編集部は…(以下自粛)


さて、今回なぜ煽り文について書いたかと言いますと、第132話のラストも元ネタがあると思しき煽り文だったからです。

それはこちらの画像に関係のある人物です。

北町奉行所 看板
北町奉行所跡

こちらは東京駅八重洲北口の北町奉行所跡です。
現在はビル群に囲まれていますが、江戸時代の名奉行・遠山景元などに縁のある場所として知られています。

“奉行所”と“遠山”……。そうとくれば、勘のいい方はピンときたかも知れません。

実は、時代劇「遠山の金さん」は実在の人物がモデルとなっており、それが遠山景元なのだそうです!

恥ずかしながら、この場所はしょっちゅう通っているのに知りませんでした。シャドーハウスを通じてまたもや一つ勉強になりました。


「これにて一件落着」


此度用いられたこの煽り文は、「遠山の金さん」がお開きになる時の恒例の台詞です。

桜吹雪ならぬ煤を散らし、ケイトはマッドサイエンティストを相手に見事に事を収めてみせました。続きを読む

第131話 仮説の証明【感想】

下の画像は、バチカン宮殿にある「アテナイの学堂」という壁画です。

アテナイの学堂

この作品はルネサンス期を代表する画家・ラファエロによって手掛けられました。

写真は2014年にイタリアに行った時に撮影したものですが、500年前の巨匠の傑作を目の前にすることができて、暫し立ちすくんだのを覚えています。
(友人に言われるまで気付かずにスルーするところでしたが…。)


私がこの壁画を見たかった理由は、「アテナイの学堂」はルネサンスを象徴する作品だからです。

14世紀のイタリアに端を発するルネサンスは、中世の欧州を長らく支配した封建主義を打ち破った出来事として知られています。「ルネサンス」の語源は「再生」「復活」を意味するフランス語ですが、その語句の通りルネサンス運動は古代ギリシアの思想哲学を拠り所としていました。
(物凄くざっくりとした説明です。もっと知りたい方は「科学の社会史-ルネサンスから20世紀まで」【著・古川安 氏】が詳しいのでお勧め。)


そんな時代に生まれたラファエロは、ルネサンスの申し子といえる存在です。

そして、その彼がローマの中心に残したのは、奇しくも古代ギリシアの科学者・哲学者が一堂に会した壁画「アテナイの学堂」でした。

向かって中心の左にいる人物がプラトン、右がアリストテレスです。

この壁画はキリスト教とギリシャ哲学の調和を表現していると言われていますが、現代の視点から見れば、ルネサンスの申し子がルネサンスの精神を象徴する作品を手掛けたことになります。何とも面白いものです。


ルネサンスの基調となったもう一つの思想に人文主義(humanitas)があります。

これは古代思想を復活させることで、キリスト教の膠着した教義から人間性の解放・復興・個我の自覚を図ろうとする運動です。

科学の発展には自由な思想と行動が不可欠であることは言うまでもありませんが、ルネサンスにおいては人間の思想と行動に自由がもたらされたことで、学芸や科学が発展しました。

この“humanitas”はのちの“ヒューマニズム”です。今では「人間の幸福追求」を意味する“ヒューマニズム”という概念も、ルネサンスがもたらした産物です。


さて、今回も話が逸れました。シャドーハウスに話を戻しましょう。

第131話では前回に引き続いて、科学研究の虜となったある一対が描かれています。

オリバーとオリーです。

とうとう自由を手に入れたと喜びを露わにしていた彼らは、前述のルネサンスの説明を鑑みれば、まさに生粋の研究者に相応しい態度でした。オリーの言う通り、館の教えを脱却したことで研究を邪魔するものは何一つなくなったのです。


しかし、不幸にもルネサンスとは大きく異なる点がありました。

残念ながら、彼らを支配していた思考は「人道主義」からほど遠い、人命をも省みない狂気だったからです。

洗脳さえ解けばこどもたちは仲間になってくれると信じていたケイトは、それを目の当たりにして絶句しました。続きを読む

第130話 実験と誤算【感想】

“マッドサイエンティスト”と聞いて私が最初に思い出すのは、「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターです。

初めて見たのは小説版だったのですが、常人では想像も及ばない彼の狂気に、幼い私はただただ困惑するばかりでした。(こんな本を子供の手の届くところに置いていた母よ……。)

羊たちの沈黙シリーズの本当の中身を私が理解するのはもっと後になってからです。様々な知識を得て、ようやく大人になってから楽しめるようになりました。血は争えないなあ…。


さて、古今東西様々な名作に登場する“マッドサイエンティスト”
例をあげればキリがありません。

羊たちの沈黙、フランケンシュタイン、博士の異常な愛情、ジギル博士とハイド氏……。

“マッドサイエンティスト”の定義とは何ぞやという話をし始めると長くなるので割愛しますが、一般的にはこういった作品が挙げられるのではないでしょうか?

…実在人物に関しては、まあ触れないでおきましょう。

時代によって評価が変わる場合もありますし、立ち位置によって見方が変わる人物なんてざらにいますからね。誰かにとっては“マッドサイエンティスト”に見えても、別の一方から見れば優秀な科学者だったりすることは珍しくありません。


ただ穿った見方をすれば、歴史に名が残っているということは“マッドサイエンティスト”と呼ばれている人物達は、確実に飛び抜けた頭脳を持っているということです。

普通の人であれば考えもつかない発想と行動があるからこそ、彼らは学問の最先端を駆け、新たな地平線を切り開いているのです。「天才と狂人は紙一重」と言いますが、優秀な科学者がマッドサイエンティストとは限らずとも、マッドサイエンティストが優秀な科学者なのは間違いありません。
(そもそもただの狂人だったら科学研究などできるわけないですし)


ところで、シャドーハウスにも科学者集団が描かれていますね。

“星つき班”の研究班です。

第60話でも描かれていましたが、彼らは皆良くも悪くも変人ぞろいでした。あのジョンでさえ突っ込みに回らざるを得なかった研究班の奇行を、よく覚えているという方も多いかと存じます。(第60話 研究班)

そしてその研究班を束ねる“星つき”のオリバー。
彼は決まり事よりも好奇心を優先する典型的な研究者のように見えました。


しかし、それが故に今回のエピソードを読んだ後、彼らが常識では推し量れない人物であることを改めて思い知らされました。

オリバーとオリーが見せた新たな一面は、ケイトでさえ予想不可な狂気でした。
続きを読む
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ