来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

各話

第34話 いつもの姿

今話のとなりのヤングジャンプのサムネイル画像は、エプロンを付けて「いつもの姿に!!」と言っているエミリコでした。

確かに、生き人形の少女といえばまず真っ先に思い付くのはこのエプロン姿です。彼女達のいわば制服といえるでしょう。

同時に、シャドーと生き人形の日常の象徴とも言えるかも知れません。

最近は‟お披露目”という非日常が続いていましたので、久しぶりに見たせいか少しほっとした気分になりました。
もしもケイトがこのエミリコの姿を見たならば、大分リラックスできるのではないでしょうか。

ケイトを救出する根本的な解決策とはならないでしょうが、この先どのくらい続くか分からない“お披露目”を乗り切るためには、少しくらい緊張をほぐす瞬間が欲しいところです。

お手製のエプロンを見せつけるエミリコに対し、『なっ、何を見せにきてるのよ(クスッ』と笑うケイトの愛らしい姿を是非見てみたいものです。

ちなみに、今回エミリコがエプロンを着た理由はもう一つあります。
まだ詳細は伏せますが、それはあるものを退治するためです。

制服やユニフォームを着ることによる実用的効果はいくつかありますが、精神的効果も少なくありません。エミリコが意図したのかどうかは分かりませんが、この場面でのエミリコの闘いっぷりを見る限りでは、『職業的役割意識』の効果が働いていたと考えられます。

警察官がプライベートでは飛び込むことの出来ない危険な現場に行けるのは、職務中は制服が象徴する社会的役割と警察官個人を同調させているからだそうです。


そう考えると、制服を着たことでエミリコは果敢に闘うことができたのではないでしょうか。
(※警察官の例えについては、古今東西良くも悪くも例外は多くあります。)

この辺について詳しく勉強したいという方は、
‟制 服 についての社会心理学的考察” (帝塚山大学 西川正之氏)
という論文がありますので興味があればご覧下さい。

今回のお話はアクションシーンが多いので、いつにも増して躍動するエミリコとラムを堪能することができます。
その姿は‟深夜の見廻り組”ではなく、幕末の見廻組を見ているかのようです。

ところが、物語のラストは予想をはるかに上回るあまりに衝撃的な告白でした。

続きを読む

第33話 首席

サブタイトルを見て、「なぜ共産国家の元首の肩書なのだろうか?」と疑問だったのですが、最後まで読んでみたら解決しました。

ただ単に、『主席』と『首席』の誤植だったようです。
ソウマトウ先生のツイッターでも、即アナウンスがなされていましたね。

当ブログは発表時の表記を用いることを基本としていますが、今回はすぐに修正が入りましたので題名も正しい方を使用したいと思います。
恐らく、単行本でも修正されることでしょう。

とうことで、いつもは電子版や隣のヤングジャンプで満足している皆さん!
あるいは立ち読みで済ませている方々!!

今回は是非、雑誌の購入をご検討下さい。
これから大ブレイクを果たすシャドーハウスのプレミア本として、いつの日かきっと、周りに自慢できることと思います。
更には、皆さんの手で読者アンケートを送り、出版社へとシャドーハウスファンの声が届いたならば、それは近い将来現実になることでしょう。
もしアンケートの書き方が分からないという方がいましたら、過去記事の『ヤングジャンプのアンケート投稿』をご覧下さい。そんな難しいものではありません。
単行本購入と同じ、いやそれ以上に効果的な応援方法です。

シャドーハウスが表紙を飾り、巻頭カラーで華やかなケイト嬢と愛らしいエミリコの姿が輝く…
そんな日が来ることを願いながら、これからも応援していきましょう!


と、ついつい熱くなってしまいました。すみません。
本題は第33話のあらすじでしたね。

ではいつも通り、続きからでお願い致します。
続きを読む

第32話 浮かび上がる細工

某海賊漫画を彷彿とさせる煽りで始まる、第32話。

ポーズを決めて中央に立つのは、ショーンの主人・ジョンです。
語彙力不足も相変わらずです。

ところが、断片的な台詞から意味を読み取って相槌を打つのは、ショーンではなくエミリコだったりします。思わず悔しさを口にするショーンを尻目に、ケイトの情報を引き出そうとするエミリコ。

今回のお話では、エミリコだけでなく他の登場人物の表情も見所となっています。
続きを読む

第31話 失敗

今回の見所はなんといっても、コロコロ変わるエミリコの表情ではないでしょうか。

パンちゃんを心配して首を傾ける仕草は愛らしく、オブジェから泥水が出て驚く表情は可笑しく、顔の汚れたショーンを見てショックを受ける泣き顔は、勘違いも相まってユーモラスです。

他にも、動物と生き人形の推理が見当違いと気付いた場面や、オレンジを膝に乗せてラムとショーンを待っている時の笑顔、ベンチの推理が外れた時の驚愕の顔や、ラムの謝罪を遮って訝し気にショーンにツッコむシーン、『亡霊が出た!』と騒ぐ顔や、木登りをしている時の元気な顔など、挙げればきりがありません。
ラストで上を見上げながら(読者から見るとこちらを見ながら)ケイトについて尋ねるシーンは、不思議と美人さんに見えます。

またエミリコだけではなく、ベンチで身を寄せ合って三人で景色を眺めている場面は、三人の仲の良さが良く現れていて、読んでいるこちらも思わずくすりとさせられます。
この格好のまま記念写真を撮りたい位ですね。
“お披露目”の記録係がもし居るのなら、ぜひ立候補したいところです。

あ、でも明るい写真ばっか撮ってライアンに怒られるのは嫌だなあ。
「オマエ、こんな面白くない写真ばっか撮ってくんじゃねえよ!(怒)」とか絶対言いそう…。

それはともかくとして、今回はやや骨休め的な感じのお話でしたが、これまたかなり気になる引きで終わっています。
しかも来週は休載。

ですが落胆することはありません。
シャドーハウスが待ち遠しい日々が続きますが、その分掲載時の喜びは2倍にも3倍にもなります。

次回のお話を楽しむためにも、これまでのストーリーを読み込んで期待を膨らませていきましょう!

ということでまずは今回第31話のおさらいです。
ネタバレを含むため、いつも通り続きからでお願い致します。
続きを読む

第30話 黒い点

見返りを求めずに誰かのために尽くすことは、なかなか難しいものです。
ましてやそれが、自身に関係のない他人のためなら尚更です。

世の中には無償の奉仕というものもあるにはありますが、その場合も奉仕者自身の立場が確立されていなければほぼ成り立ちえません。

夏目漱石は小説『三四郎』で、
「人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ。」
と書いていますが、裏を返せば、人は自身の心身に余裕がなければ親切もままならないということをよく表しています。

身を削る献身とはそもそも、生物としては『余計な』行動とも考えられます。
ならば漱石の言葉は、百年前、いやそれ以上前から変わらない人間の本質なのかも知れません。


今回のお話は、そんな当たり前のことが当たり前ではない、しかし誰もが心のどこかで願っている理想像が描かれていました。
もしもこれを明治の文豪が目にしたなら、果たしてどのような感想を抱いたでしょうか。
続きを読む
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ