来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

感想

第44話 成人になるということ

これほどまでに、次のページをめくる手が重かったことはありません。

物語の中で、幾つもの天真爛漫な笑顔を見せてきたエミリコ。
彼女の裏表ない明るい性格は、主人のケイトが度々語ってきたように多くの登場人物を救い、そして変えてきました。

それはシャドーハウスという作品の根幹の一つと言っても過言ではないでしょう。

ところが、この第44話ではその笑顔が消えました。
いや、正確に言えば描写されませんでした。


今までエミリコの表情が意図的に隠されたシーンは、2回あったと記憶しています。

一つ目は、第32話でショーンやラム・ジョンに感謝の言葉を述べたシーン。
この後彼女は、力強い表情で、ショーンは自身の主人を救うべきだと語っていました。

二つ目は、第39話のラストシーン。
ケイトの檻の前でこぶしを握り締め、そして堂々と佇む姿を覚えている方は多いと思います。

この二つのシーンは、台詞や直前までのシーンから、ある程度エミリコがどんな顔をしているのかは分かりました。少なくとも、憂いを覚えるようなことは全くありません。

しかし今回のお話の後半は、これまで繰り広げられてきた勇気と絆の熱い展開から、一気に不穏の谷へと転がり始めました。

徐々に明かされる、狂気の館の一端。
その狂騒は、容赦なく生き人形に襲い掛かります。

そしてそれは、我らが主人公・エミリコも、また例外ではありませんでした。


米国の絵本作家、エドワード・ゴーリーは、その緻密なタッチと不条理な世界観によって高い評価を得ています。そのナンセンスかつ芸術的な作品は、今もなお多くの人々を魅了するほどです。

その彼は、このような言葉を残しています。

「どういうわけか、人生におけるわたしの使命は、人をできるだけ不安にさせることなんですよ。人はみんなできるだけ不安になるべきだと思うんです。世界というのは不安なものだから。」

先日のツイッターで、ソウマトウ先生はこの考えに共鳴してやまないと語っていました。

今思えば、これは読者に対して、覚悟しておくようにという警告だったのかも知れません。
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第42話 解

今月の上旬、約半年ぶりに東京ディズニーランドの“スプラッシュ・マウンテン”が営業を再開したそうです。

園内一番人気のアトラクションですので、ディズニーランドを訪れたことがある方は、ほとんどが乗ったことがあるのではないでしょうか?

一応説明させて頂くと、8人乗りの丸太を模したボートに乗り、ディズニー映画『南部の唄』という童話の世界を水路に沿って体験していくアトラクションです。
なぜこのアトラクションが一番人気かと言いますと、園内で一番の絶叫マシーンだからです。
基本的には童話調の牧歌的な世界観なのに、なぜか途中4か所に急流があり、最大のものは落差16mを時速60㎞で下っていきます。
落ちる先は茨の隙間だったり、水しぶきでびしょびしょになったりと、乗客を楽しませる仕掛けが結構あり、平成4年の稼働以来ずっと不動の地位を築いています。

さて、ここまでの話はほとんど本編とは関係がありません。
ただ、最終ページを見た時私が連想したのは、水や茨というキーワードが重なるこのアトラクションでした。
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第41話 鳥籠と花

扉絵にある「誰何」とは、何者か分からない人物を指す言葉だそうです。
私も調べてみて初めて知りました。

シャドーハウスの扉絵では、稀に難しい熟語が使われることがあります。
第3話の「胡乱」や、第27話の「十年一日」などがその代表例です。
普段見かけない言葉があることで、シャドーハウスという謎多き作品の非日常さを、より一層引き立てています。
西洋風の世界観なのに、漢字熟語が似合うとは不思議なものです。

さて、今回の作品タイトルは金色で書かれています。
多分第3巻発売の記念だと思いますが、作者名も金色で書かれているのは初めてですね。第1話の時でさえ、タイトルは金色でしたが作者名は赤でした。
そういえば、2巻発売時の第28話と3巻の最後に収録された第36話の作品名はシルバーでした。こんなところにも少し遊び心があるのが面白いです。

それにしても今回の扉絵は、少々ホラーですね。
ケイトの手を取るエミリコに、黒い手が幾つもまとわりついています。
まるで一昔前の心霊写真のようです。

この絵を見て、思わず『もし複数のシャドーが、秀逸な“顔”を取り合う事態になったらどうなるんだろうか?』と考えてしまいました。
今までそんなことが起こったとは考えたくないですが、隣の芝は青いと言いますし、絶対になかったとは言い切れませんよね。

もしエミリコが人気ナンバー1の“顔”になってしまったら、あの手この手で彼女を欲しがるシャドーが出てきてもおかしくはなさそうです。
その時ケイトは、絶対にエミリコを手放さないよう奔走するんだろうなあ…

前置きが長くなりました、本題に入りましょう。

ようやく再会したケイトとエミリコですが、彼女達を隔てる茨の城は堅牢のようです。

ところが、この難攻不落と思われた仕掛けに挑むエミリコに、救いの手が差し伸べられました。
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第40話 不安の煤

いきなりネタバレになりますが、今回はソウマトウ先生や編集部ツイッターでも取り上げられていますので、思い切って書かせて頂きます。

ようやく……、ようやくケイトとエミリコが再会しました!!

実に長かったです。
少し前に “作中ではまだ一日も経っていない” という考察記事を書きましたが、現実世界ではなんと4月18日公開の第25話以来、約5か月ぶりの再会です。

あの頃、時代はまだ平成でした。
まさしく、時代を越えてとうとう、ケイトとエミリコは再会したのです!

この事実を前にして、心動かされない読者はまずいないでしょう。
多分単行本を読み返してみても、もう一度この高揚感を味わうことは難しいのではないかと思います。
連載中の本作をリアルタイムで読むことのできている幸運に、ただただ感謝しています。

特に、ソウマトウ先生が力を入れて描いたという、見開きでケイトとエミリコが語り合うシーンは必見です。

これまでの出来事を次から次へと、これでも足りないとばかりに話しかけるエミリコ。
反対に、短いセンテンスで相槌を打ち、時にはエミリコを気に掛けながらそれを聞くケイト。

なんだか家に帰ってきた子供が、今日あった一日の出来事を一生懸命母親に伝えようとしている、そんな温かい親子の会話を想起させます。

第21話や第24話の感想でも書きましたが、ケイトのエミリコに対する姿勢は、まるで母親のようです。

今回も「心細かったわね」とか「なんでもかんでも集めないの」という台詞や、エミリコのお手製エプロンに気付いて褒めてあげるなど、ケイトは本当にエミリコが愛おしいのだなと思わずにいられませんでした。
しかも、ウサギ型の木があったと話すエミリコに、「トピアリーね」と正しい名称を教えてあげている点も見逃せません。
こういった細かい部分も、親子の会話のようなリアリティを出す大きな要因になっているのでしょう。

楽しそうに微笑み合う二人の姿。
どうかこの笑顔がいつまでも続くことを、ひたすら願うばかりです。
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第39話 一番かわいそうな

今回はのっけから、とんでもない描写から始まりましたね。

まだ読んでいない方は、ソウマトウ先生のツイッターで見てみて下さい。
扉絵からかなりとばしてきてます。

ここ最近は、物語やキャラクターの描写が勢いを増してきている感じがして、先生方もノリノリで描いているのかなと思うと嬉しくなります。

特に今回は、物語の内容もさることながら、コマ割やページごとに計算された巧みな構成を楽しむことができます。

本記事では、あらすじとともにそういった点にも着目しながら見ていきたいと思います。
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